ESG経営の重要性が高まる中、経営企画やサステナビリティ推進部門にとって大きな課題となっているのが、ITインフラに起因する環境負荷の可視化です。特に自社サーバーを運用している企業では、オンプレミス環境で発生している電力消費由来の排出を、クラウド移行によってどこまで削減できるのか、またクラウド利用に伴う排出をどのように整理して報告すべきかを、根拠を持って示すことが求められています。
本記事では、オンプレミスとクラウドで排出の計上構造がどう変わるのかを整理したうえで、移行前後の総排出量を比較し、CO2削減効果を実務で評価・報告するための算定ロジックを解説します。
Contents
ESG報告におけるITの役割とScope 3対応の重要性
企業が公表するESG報告書において、IT投資は単なるコスト削減手段ではなく、環境負荷を直接的に低減する「グリーンIT」としての側面が重視されています。ここでは、温室効果ガス(GHG)排出量算定の国際基準であるGHGプロトコルに基づき、ITインフラがどのカテゴリに該当するかを整理します。
ITインフラに関連するScope 3のカテゴリ
企業活動に関連する排出量は、Scope 1(直接排出)、Scope 2(購入した電気・熱等の使用に伴う間接排出)、Scope 3(それ以外のバリューチェーン上の間接排出)に分類されます。自社サーバー(オンプレミス)を運用している場合、その電力使用は通常、自社のScope 2として把握します。一方、クラウドサービス利用に伴う排出は、自社外で発生するサービス利用由来の間接排出として、一般にScope 3として整理されます。
つまり、クラウド化によって起きるのは、単純な「Scope 3の削減」ではなく、自社内で発生していた電力消費由来の排出が減少し、あわせてクラウド利用に伴う排出を自社外の排出として整理する必要が生じる、という構造変化です。実際の区分や算定方法は、利用形態や社内方針に応じて整理する必要があります。
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/estimate_04.html
環境省「排出量算定に関するガイドライン」
ESG開示で重要になる「ITによる環境貢献」
ESG開示では、IT投資を単なるコスト削減策としてではなく、GHG排出量にどう影響するかまで説明できることが重要です。特にオンプレミスからクラウド基盤への移行は、自社で保有・運用していたサーバーや付帯設備の電力消費を削減できる可能性があります。一方で、クラウド利用に伴う排出は自社外で発生するため、Scope 2の削減だけでなく、Scope 3を含めた全体の排出量がどのように変化するかまで見て評価することが重要です。
削減効果は、移行前の機器構成や稼働率、移行先クラウドの電力効率、再生可能エネルギー活用状況などによって変わるため、一律には判断できません。だからこそ、移行前後の前提条件を揃えて比較し、算定根拠を明確に示すことが求められます。
オンプレミスからクラウド移行した際の排出量算定ロジック
自社サーバーの廃止がどれほどの削減効果を持つのかを数値化するには、オンプレミス環境で減少する排出と、クラウド利用に伴って新たに整理する排出を分けて捉える必要があります。重要なのは、「どのScopeが減るか」だけでなく、移行前後で総排出量がどれだけ変化するかを比較することです。ここでは、実務で使いやすい基本的な算定ロジックを紹介します。
オンプレミス環境での算出項目
自社でサーバーを維持する場合、主に以下の項目をもとに排出量を算定します。
- サーバー本体の年間消費電力量(kWh):定格電力に稼働率と稼働時間を乗じて算出
- 空調および付帯設備の消費電力:サーバールーム全体の電力効率を示すPUE等を用いて推計
- 排出係数:算定ルールに応じて、環境省・経済産業省が公表する電気事業者別排出係数(基礎排出係数または調整後排出係数等)を用いて算定
オンプレミス環境のPUEは、設備規模や運用条件によって大きく異なります。小規模なサーバールームでは高止まりしやすい一方、大規模クラウドデータセンターでは低い水準が公表されている例もあります。したがって、移行効果を示す際は、一律の平均値を置くのではなく、現状設備の実測値または妥当な前提値を明示することが重要です。
クラウド移行で総排出量を削減しやすい理由
クラウドサービスへ移行すると、自社でサーバー運用のために直接使用していた電力は縮小します。一方で、クラウド利用に伴う排出は自社外の間接排出としてScope 3で整理されるため、移行によって自社のScope 2は減少する一方、Scope 3は新たに算定対象となる、または増加する場合があります。そのため、評価すべきポイントは「Scope 2がどれだけ減るか」だけではなく、Scope 2とScope 3を合わせた総排出量が移行前後でどう変化するかです。総排出量を削減しやすい理由としては、主に次の点が挙げられます。
- サーバー集約による設備効率の向上:仮想化や集約により、物理サーバー台数や付帯設備負荷を圧縮しやすい
- データセンター運用効率の向上:大規模クラウドでは、冷却や電力運用の効率化が進んでいる場合がある
- 再生可能エネルギー活用の進展:クラウドベンダーの電源構成によっては、排出量を抑えやすい
- 自社設備保有の縮小:保守・更新を前提とした自社設備を減らし、運用に伴う負荷を見直しやすい
ただし、削減効果は、移行前の稼働状況や移行先サービスの環境性能、移行範囲によって大きく変わります。クラウド化だけで自動的に排出量が下がると捉えるのではなく、前提条件を揃えた比較が必要です。
実務で使えるIT部門へのデータ依頼と報告書への記載法
経営企画部門がESG報告書を作成する際、IT部門からどのようなデータを取得し、どう数値化すればよいかを具体的に解説します。IT部門とサステナビリティ部門の連携をスムーズにすることが、精度の高い開示への近道です。
IT部門へのデータ提供依頼リスト
報告書の根拠として、IT部門には以下の情報の提供を依頼しましょう。
- 廃止予定(または廃止済み)の物理サーバー台数とスペック
- サーバーが設置されているルームの年間平均PUE(不明な場合は、実測値または運用実態に即した妥当な前提値を設定)
- 移行先クラウドサービスが公表している環境負荷データ(または再エネ利用率)
これらのデータをもとに、移行前後で自社のScope 2がどの程度減少し、クラウド利用に伴うScope 3を含めた総排出量がどのように変化するかを比較することで、CO2削減効果を定量的に示しやすくなります。
クラウドストレージ活用による「数値化」の優位性
ファイルサーバーをクラウドストレージへ移行することは、単なる利便性向上だけでなく、環境負荷の可視化においてもメリットがあります。
- インフラ管理の集約:自社でのサーバー運用・保守に関わる直接的なエネルギー消費を削減できます
- 自社設備の見直し余地:クラウドストレージは利用にあたりクライアントPC以外のハードウェアを必須としていません。そのため、ファイル保管のための自社サーバー増設や保守を前提とした運用を見直しやすくなります
IT投資を「環境価値」に変換する
自社サーバーの廃止とクラウド化は、企業のDXを推進するだけでなく、ESG経営における有効な施策にもなり得ます。重要なのは、Scope 2の削減と、クラウド利用に伴って整理すべきScope 3を切り分けたうえで、移行前後の総排出量を比較し、環境負荷の変化を根拠を持って示すことです。算定ロジックを明確にすることで、IT部門の取り組みを、企業の持続可能性に貢献する施策として社内外へ説明しやすくなります。まずは、自社で保有しているITインフラがどれだけ電力を消費しているかを把握するところから始めるとよいでしょう。
