「ある日突然、全てのファイルが開けなくなる」―事業停止や莫大な復旧コストを招くランサムウェア攻撃は、もはや他人事ではありません。特にテレワークで普及したVPN機器の脆弱性を狙った感染経路は、多くの企業が直面する深刻な脅威です。本記事では、巧妙化するランサムウェアの主要な感染経路を徹底的に解剖し、それぞれの感染経路に応じた具体的な対策を解説。さらに、万が一ランサムウェアに侵入された場合でも事業を守り抜く「最後の砦」としてのバックアップ戦略までを網羅した、企業の防衛マニュアルを提供します。
Contents
もはや対岸の火事ではない。ランサムウェア攻撃の現実
事業を根幹から揺るがすサイバー攻撃、「ランサムウェア」。この言葉をニュースで目にする機会は、もはや珍しいことではなくなりました。その実態は「ファイルを人質に身代金を要求する」という単純なサイバー犯罪から、より悪質で巧妙なものへと進化しています。ひとたび被害に遭えば、事業停止、顧客信用の失墜、そして莫大な復旧コストという深刻な事態を招きかねません。
身代金要求だけではない「二重恐喝」という恐怖
近年のランサムウェア攻撃は、「二重恐喝(ダブルエクストーション)」が主流です。これは、攻撃者が企業のシステムに侵入し、ファイルを暗号化して使用不能にするだけでなく、事前に機密情報を窃取。「身代金を支払わなければ、この情報をダークウェブで公開する」と二重に脅迫する手口です。これにより、企業は事業停止と情報漏洩対策という二つの重大な問題に同時に直面することになります。
中堅・中小企業こそがメインターゲット
「狙われるのは大企業だけ」というのは、もはや過去の神話です。警察庁の報告によれば、ランサムウェア被害を受けた企業の半数以上が中小企業であることが示されています。セキュリティ対策が手薄になりがちなサプライチェーンの弱点を突き、大企業への足がかりとすることも多く、すべての法人にとって喫緊の課題となっています。
出典: 警察庁
主要なランサムウェア感染経路
攻撃者は、企業の防御の「穴」を執拗に狙ってきます。情報処理推進機構(IPA)も警鐘を鳴らす、主要な侵入経路を理解することが、効果的なランサムウェア対策の第一歩です。
ランサムウェアの感染経路1:テレワークを狙うVPN機器の脆弱性
テレワークの普及に伴い、多くの企業が社内ネットワークへのアクセスにVPN機器を利用しています。このVPN機器のファームウェアに存在する脆弱性を放置していると、攻撃者にそこを突かれて社内へ侵入されます。これは現在、最も多くの企業が被害に遭っている感染経路です。
ランサムウェアの感染経路2:リモートデスクトッププロトコル(RDP)経由の不正アクセス
社外からサーバーやPCを遠隔操作できるリモートデスクトップ(RDP)も、主要な侵入口です。推測されやすい単純なパスワードを設定していたり、ID/パスワードの管理が不十分だったりすると、総当たり攻撃(ブルートフォース攻撃)などによって認証を突破され、不正アクセスを許してしまいます。
ランサムウェアの感染経路3:巧妙化するフィッシングメール
取引先や顧客になりすました巧妙なメールで、受信者に不正な添付ファイルを開かせたり、偽サイトへ誘導して認証情報を窃取したりする古典的ながらも依然として強力な手口です。従業員一人の不注意が、組織全体の危機につながります。
侵入させない!感染経路を断つための具体的な防御策
これらの多様な感染経路に対し、単一の対策では効果がありません。「入口対策」「内部対策」「出口対策」を組み合わせた多層防御の考え方が不可欠です。
基本にして最重要のVPN脆弱性対策と認証強化
- パッチの即時適用: VPN機器のメーカーからセキュリティパッチが公開されたら、即座に適用する運用体制を構築する。
- 多要素認証(MFA)の導入: ID/パスワードだけでなく、スマートフォンアプリなどを用いた多要素認証を必須とし、認証情報が窃取された場合でも不正ログインのリスクを大幅に低減する。
これらの対策を組み合わせることが、VPNの脆弱性を狙った攻撃に対する効果的な防御策となります。
内部での拡散を防ぐアクセス管理と監視
万が一侵入を許しても、被害を最小限に抑えるためのファイル管理セキュリティが重要です。
- 最小権限の原則: 従業員には、業務上本当に必要なデータにしかアクセスできないよう、権限を厳格に管理する。
- ログ監視: ファイルサーバーへのアクセスログを常時監視し、深夜の大量アクセスなど、不審な挙動を早期に検知する不正アクセス対策を講じる。
それでも感染してしまったら?被害を最小化する最後の砦
あらゆる対策を講じても、100%の防御はあり得ません。感染を前提とし、事業をいかに迅速に復旧させるか、そのための準備こそが法人セキュリティ対策の要諦です。
事業継続の生命線、バックアップ対策
感染した場合、身代金を支払ってもデータが復元される保証はなく、推奨されません。有効な復旧手段は、汚染されていないクリーンな状態のバックアップからデータを復元することです。これが、事業継続における生命線となります。
なぜ従来のバックアップでは不十分なのか?
注意すべきは、ランサムウェアはファイルサーバーだけでなく、ネットワークで接続されたバックアップサーバーまで暗号化しようとすることです。そのため、バックアップのベストプラクティスである「3-2-1ルール」(3つのコピーを2種類のメディアで保管し、うち1つはオフサイトに置く)を実践するだけでなく、ランサムウェア対策として少なくとも一つのコピーはネットワークから隔離された場所や、書き換え不可能なストレージ(イミュータブルストレージ)に保管することが極めて重要です。クラウドストレージのバージョン管理機能も、感染前の状態にファイルを復元するための有効な手段の一つです。
まとめ
ランサムウェアという脅威から企業を守るためには、もはや単一のセキュリティ製品に頼る時代ではありません。VPN機器の脆弱性対策や認証強化といった感染経路を断つ「予防」と、万が一の際に事業を復旧させるための「バックアップ」という二段構えの対策が不可欠です。
自社のセキュリティ体制を再点検し、どこに弱点があるのかを把握すること。そして、感染しても事業は止まらない、という回復力(レジリエンス)を確保しておくこと。この多重防御の仕組みこそが、予測不能なサイバー攻撃の時代を生き抜くための、現時点で最も有効なアプローチと言えるでしょう。
